工場や発電所から出るCO₂を、低コストで回収して「資源」に変える。
そんな技術の社会実装に挑むのが、株式会社カーボンクライオキャプチャー(茨城県つくば市/略称CCC)だ。長年にわたり分離材料を研究してきた創業者・一ノ瀬泉代表取締役の研究成果をもとに、CO₂回収プラントの設計・開発・販売を手がける。
今回は、事業の中身から起業に至る背景、そして「CO₂とは本来どういうものか」という考え方まで、じっくり話を聞いた。
冷やして取る──ゴム系吸収材が変える、CO₂回収の経済性
CCCの技術の核にあるのは、PDMS(シリコンゴム)という汎用の高分子材料だ。この材料はマイナス50度ほどまで冷やすとCO₂をよく吸収する性質を持つ。
「冷凍庫よりさらに冷やすなんて、エネルギー的にきついのでは」と思われがちだが、一ノ瀬氏の答えは逆だ。回収したCO₂は、貯留したり運んだりするために、結局どのみち液化=冷却する必要がある。低温で吸収するこの材料は、その「冷やす工程」のなかにそのまま組み込める。だからトータルで見ればむしろ理にかなう、という発想である。
用途は広い。火力発電所からのCO₂回収(CCS)はもちろん、天然ガス(メタンをLNGにするにはマイナス163度まで冷やす)や水素の製造工程など、もともと極低温を扱う現場と相性がいい。一ノ瀬氏は「いま問い合わせの半分ほどは水素関連」と語る。天然ガスから水素をつくる主流の方法ではCO₂の分離が避けて通れないため、CO₂回収技術は水素製造に不可欠だからだ。
そして最大の狙いはコストにある。CO₂分離の技術は吸収剤・吸着剤・膜など無数にあるが、「結局いちばん重要なのは安さ」。1トンのCO₂を1万円で取るか、500円で取るか──CCCが目指すのは1トン1000円という水準だ。材料研究者らしく分子構造をあれこれ変えて実験もしたが、「やってみると大して変わらない。それなら、どこにでもある安い量産材料でいい」。誰もが手に入る汎用材料で成立することこそ、社会実装では強みになるという割り切りが、この技術の合理性を支えている。
「自分でやった方が早い」──研究者が会社を興すまで
一ノ瀬氏は、この材料にたどり着くまで15年ほど吸収剤の研究を続けてきた。従来の吸収剤には「高い」「粉々になる」「水に弱い」といった欠点が多く、最後まで残った課題が耐久性だった。丈夫で量産できる材料が見つかったとき、「これはプロセスとして使える」と確信した。
では、なぜ研究者自らが会社をつくったのか。「お任せするより、自分でやった方が早い」――理由はシンプルだ。CO₂回収のようなディープテックは、特許を大企業に渡しても、社会実装までには相当な時間・規模・リスクがかかる。「誰かが事業化してくれるのを待つ」のではなく、装置をつくり、現場に入り、運転して改善するところまで自分たちでやる。技術の価値を一番理解しているのは、それを研究してきた自分たちだからという思いがあった。
後押しになったのが、社会実装プログラム「JST START」への採択だ。会社を設立することが実質的な条件でもあり、起業へと踏み出す契機になった。研究者の起業はときに「本気なのか」と信頼を得にくいが、一ノ瀬氏は自己資本を投じ、銀行融資では個人保証も引き受けることで、投資家や金融機関とリスクを分かち合う姿勢を示した。「山っ気はない」という言葉に、覚悟がにじむ。
CO₂は「邪魔者」ではなく資源──ドライアイスは、社会のインフラ
取材で一ノ瀬氏がとりわけ力を込めたのが、「CO₂は削減が求められる一方、産業を支える重要な資源でもある」という視点だ。
象徴が、CO₂を固めたドライアイスである。もしドライアイスがなくなったら――医薬品は低温輸送ができず、ご遺体は葬儀までの数日を保てず、冷凍食品の流通も滞る。それだけではない。製鉄の溶接に使うシールドガス、タイヤの金型の冷却、飛行機エンジンの洗浄まで、気づかないところで産業と暮らしを支えている。最近では、工事現場向けの冷却用途等、新たな活用方法もみられるという。「ほぼインフラですね」という問いに、一ノ瀬氏は「そのとおり、産業のインフラです」と応じた。
一方で、そのCO₂は各地の工場やバイオガス施設から大量に排出され、多くが捨てられている。排出されるCO₂と、CO₂を必要とする現場をつなげば、「排出物」が「商品」に変わる。これがCCCの根本にある考え方だ。地下に貯留するCCSも重要だが、産業で不可欠な局面がある以上、資源として適正に循環させることも重要だ。「捨てるものを、資源に変える」――CO₂を出したら捨てる社会から、回収して次の産業につなげる社会へ。CCCはCCS(減らす)とCCU(循環させる)の両方を否定せず、CO₂を資源として扱える領域を広げようとしている。
品質・量・価格──社会実装の、リアルな壁
とはいえ、研究室で性能が出ることと、事業として成り立つことは別物だ。「材料があり、プラントができ、ドライアイスができた。では、それでビジネスが成立しますか、という話になる」と一ノ瀬氏は言う。ここに顧客が絡むと、途端に難しくなる。
ドライアイスひとつとっても、顧客ごとに品質も求められる形も異なり、安定供給や価格交渉も必要になる。
事業化に向けた課題の一つが、需要に応じた生産規模の設計だ。大口顧客への安定供給と事業採算性を両立するため、顧客開拓を進めながら、需要に見合った設備規模や運転方法を検討している。技術的に優れているだけでは買ってもらえず、価格・信頼性・運用性・既存設備との相性まで含めて初めて価値になる――研究者自身が「研究者の論理」から離れることこそ、一番難しいのかもしれない、と振り返る。
鹿児島から世界へ──資金調達と、広がるロードマップ
初号機の舞台は鹿児島だった。大学の仲介で焼酎メーカーと組み、その敷地内に小型プラントを設置。芋・麦の発酵時に出るガスからCO₂を回収し、ドライアイスの試験製造に成功した。年200トンの製造を計画し、近隣地域での販売準備を進めている。
資金面では、シードラウンドでインキュベイトファンドから6,000万円を調達。これに公的融資や銀行融資、自己資本を合わせた資金で、鹿児島の初号機を建設した。さらに環境省の予算を得て、大型の吸収塔の開発に着手。プラント開発では、大手のエンジニアリング会社の知見も得ながらスケールアップを実現しようとしている。
視線の先には、より大きな市場がある。水素を1kgあたり350円で製造し、ステーションで1000円ほどで供給する構想。ブルーLNGや圧縮バイオメタンへの展開。そして東南アジアには、経済性の壁で手つかずだった高濃度CO₂を含む天然ガスの巨大な資源が眠る。一ノ瀬氏は、既存の主流であるアミン吸収法に対し「一定の前提条件下での試算では、設備コストで約5分の1、運転コストで約3分の1に抑えられる可能性がある」とみており、シミュレーション上、石炭火力からのCO₂回収でも大幅に安くなると試算する。「どこまで信じてもらえるかが勝負」と言いながらも、その手応えは着実に増している。
技術で、次の世代に選択肢を残す
一ノ瀬氏が最後に語ったのは、事業の枠を超えた大きなテーマだった。
「エネルギーは、もっと地域に分散できる」。CO₂も水素もバイオガスも、それぞれの地域にある資源を地域で循環させれば、日本のエネルギーのあり方そのものを変えられる。CO₂を大量に貯留できる場所と、CO₂を必要とする場所は必ずしも一致しない。だからこそ「地域で回収して地域で使う」という発想が重要になる。
研究者から経営者への変化についても、率直だ。研究者は「正しい答え」を探すが、経営者は答えのない中で決断しなければならない。研究なら失敗しても次の実験があるが、会社には資金・時間・人材という現実がある。「自分が研究する」から「研究成果が社会で使われる環境をつくる」へ――責任の置き場所が変わった。自分より優秀な人に仕事を任せることも覚えた。
目指すのは、CCCの技術が特別なものではなく、世界中のプラントで当たり前に使われるようになる未来だ。脱炭素という言葉だけを追うのではなく、経済性とエネルギー安全保障を両立させながら――「技術で、次の世代に選べる社会を残したい」。研究を、社会で動くところまで持っていく。それが、一ノ瀬泉がCCCを立ち上げた最大の理由である。