パワー半導体――電気を変換し、制御するための部品だ。パソコンの充電アダプター、電気自動車のモーター制御、データセンターの電源装置。普段は目に見えないが、電力を使うあらゆる場所に入り込み、社会のインフラを支えている。その効率を飛躍的に高める新しいアプローチに挑んでいるのが、株式会社ヘテロスタックス(大阪公立大学発ベンチャー)の佐々木公平代表だ。酸化ガリウム半導体のトップ研究者として17年間の実績を積み、2025年10月に自ら会社を設立した。単一材料の限界を超える「異種接合」という発想と、その先に見据える未来を聞いた。
17年の土台──単一材料の限界に突き当たる
佐々木氏は長岡技術科学大学で修士号を取得後、2006年にタムラ製作所に入社。はんだ材料の研究に従事していた。パワー半導体とは無縁のスタートだった。
転機は2009年、タムラ製作所が新規事業として酸化ガリウムパワー半導体の研究に乗り出し、その担当を任されたことだ。ここから17年、この分野にどっぷりと浸かった。国家プロジェクトの研究代表を4回務め、総額72億円規模の研究開発プロジェクトを牽引。特許出願87件、受賞歴4回、国際・国内会議での発表は91件にのぼる。京都大学で博士号(工学)も取得し、酸化ガリウム研究の第一人者と呼ばれるまでになった。
しかし長年にわたり材料と向き合い続ける中で、ある壁に突き当たる。酸化ガリウムに限らず、どの新材料にも良いところがあれば悪いところもある。材料を丸ごと置き換えるという従来のアプローチでは、性能がある部分で上がっても別の部分で下がってしまう。「最高の材料を探すのではなく、材料を組み合わせるという新しい方法にシフトすべきではないか」この発想が、新たな挑戦の起点になった。
材料を「選ぶ」から「組み合わせる」へ
パワー半導体の歴史は、材料の進化の歴史でもある。1950年代にシリコンで始まり、さまざまなデバイス構造が発明されて効率が上がってきた。シリコンの限界が見えると、SiC(炭化ケイ素)という次世代材料への置き換えが進む。その先には酸化ガリウム、ダイヤモンド、窒化ガリウムなど、さらに高性能な材料が各大学・企業から提案されている。
しかし現実は、どの材料にも欠点がある。SiCはシリコンよりも高電圧に強いが、シリコンの方が優れている部分もあり、置き換えるとそこの性能が落ちてしまう。酸化ガリウムも同様だ。単一材料の「最適解」を探し続ける限り、この堂々巡りから抜け出せない。
ヘテロスタックスが提案するのは、まったく異なるアプローチだ。それぞれの材料のいいところだけを組み合わせて、欠点が見えてこないデバイスをつくる。具体的には、シリコンとSiCを真空中で直接接合し、一つのデバイスにする。電力を制御する部分にはシリコンの強みを、高電圧に耐える部分にはSiCの強みを、それぞれ活かす設計だ。計算上、従来の単一材料デバイスに対して電力損失を50〜60%低減できるという結果が出ている。

異なる半導体材料を組み合わせるというアイデア自体は、実は30年以上前から存在していた。ただ、ただ貼り合わせただけではデバイスとして成立せず、出ては消えを繰り返してきた。佐々木氏は、この二つをうまく組み合わせるデバイス構造をひらめき、基本特許を出願。それがヘテロスタックスを立ち上げるきっかけとなった。
真空中で接合する──接合技術の核心
二つの材料をどうやって一つにするのか。ここに、ヘテロスタックスの技術的な核心がある。

半導体ウエハーの表面は、大気中では水分や汚れがついている。それを真空チャンバーの中に入れ、イオンビームで表面をさっと削り落とす。すると原子レベルで清浄な面が現れる。この状態は大気中では維持できないが、真空中であればその清浄な面同士を接触させることで強固に接合することができる。
技術顧問として、直接接合技術の権威である大阪公立大学の重川直輝教授が参画。さらに、SiCパワー半導体の世界でトップクラスの研究者である京都大学の木本恒暢教授も技術顧問を務める。いずれも佐々木氏が長年の研究を通じて築いたネットワークから生まれたつながりだ。
データセンター、EV、再エネ──電力が足りない時代に

世界中で電力消費が急増している。AIデータセンターの建設ラッシュはとりわけ激しく、データセンター1つを稼働させるのに、隣に発電所1つ建てなければならないほどの電力を消費する。発電所を増やすだけでなく、つくった電気を効率よく使う取り組みが不可欠だ。そこで重要になるのが、パワー半導体の性能向上である。
ヘテロスタックスのデバイスが狙う市場は、AIデータセンターを皮切りに、産業機器(工場のロボットや電力制御)、電気自動車、再生可能エネルギー(太陽光・風力発電の電力変換)と広がる。いずれも、パワー半導体の効率がそのまま社会全体の電力消費に直結する分野だ。
「世界中で使われるようになれば、発電所何基分にも相当する大きな省エネルギー効果につながる可能性がある。それくらいの規模の大きな話だと考えている」。一般にはあまり知られていないが、パワー半導体は何兆円規模の市場を持つ巨大産業だ。しかも日本はこの分野で、ドイツやアメリカ、イタリアの企業に後れを取りつつある。新しいデバイスを日本から生み出し、巻き返すことができたら面白い――佐々木氏はそう語る。
研究者から経営者へ──勝ち筋が見えたから踏み出した
17年間、研究開発の責任者を務めてきた佐々木氏が、なぜ自ら会社を立ち上げたのか。
一つは、経営を自分の責任でやってみたいという思いだった。ベンチャー企業の立ち上げから資金調達まで間近で見てきた経験がある。何がうまくいき、何がうまくいかなかったかもわかっている。その経験を活かし、ゼロからもう一度やってみたかった。
もう一つは、研究者としての正直な感覚だ。国家プロジェクトの代表を務め、世界の学会で基調講演を何度も任され、博士号も取得した。やるべきことはやり尽くした感覚があった。50代、60代になってから社長に挑戦するより、体力があるうちに一度やってみたい。その思いの方が、不安よりも強かった。
パワー半導体には確立された市場がある。今までよりもいいものができれば、その市場に入っていける。道筋はしっかりしている。勝ち筋が見えた状態で始めている感覚はある、と佐々木氏は語る。2025年10月の会社設立後、2026年1月からベンチャーキャピタルとの協議を開始し、5月にはプレシードラウンドの資金調達を完了した。現在は国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)との共同研究を開始し、研究員がNICTに常駐してデバイスの動作実証を進めている。
継続は力なり──10年で、第一人者になった
これから研究者や事業家を目指す人へのメッセージを聞くと、佐々木氏は「継続は力なり」という言葉を挙げた。
20代後半で酸化ガリウムの研究を始め、もし30代半ばでやめていたら何者にもなれなかっただろう。10年続けた40歳手前ぐらいから、ようやく世界的に自分の仕事が認められるようになった実感がある。これかなと思ったものは、10年ぐらい続ける覚悟でやると、いろいろなことが成功するのではないか。
一方で、人材についてはこう語る。「人にはそれぞれ持っている特性があり、すべてを教育で同じ方向に伸ばそうとするより、その人の強みを見極めて適材適所で活かすことが重要だ」。だからこそ、20代中頃には自分の特性を理解し、それを伸ばすことに注力し始めるのが良いという。
新しいことに気づく力について聞くと、佐々木氏は少し考えてからこう答えた。みんな同じ課題を見ている。でも、今あるもので何とかしようとする人と、固定概念の外に手を伸ばせる人がいる。その差は特性の違いであり、優劣ではない。100メートルを10秒で走れなくても、別の場所で力を発揮できる。社会に貢献するデバイスをつくり、会社としてもちゃんと回る仕組みをつくる。まずはとにかく、自分が思いついたアイデアを現物にする。そこに今、一番ワクワクしている。