インタビュー 医療・バイオテクノロジー(創薬)

株式会社FerroptoCure

「がんを、治せる病気にしたい」大槻雄士が挑むフェロトーシス創薬の最前線

日本人の2人に1人ががんになる時代。手術や放射線で治せる患者がいる一方で、再発を繰り返す患者、そもそも手術が難しい患者も少なくない。一人の外科医が、臨床の現場で積み重なるその現実と向き合い、研究の道に踏み出した。株式会社FerroptoCure(東京都千代田区)代表取締役の大槻雄士氏は、慶應義塾大学での研究成果をもとに、新たなメカニズムに基づく経口抗がん剤の開発に取り組んでいる。これまで日本国内で臨床試験を実施し、現在は海外での臨床試験に向けた準備も進めている。がんという病気への向き合い方を変えたいという思いと、その挑戦の現在地を聞いた。

治せない患者がいる──外科医が、研究の道に入った理由

大槻氏が薬剤開発に進んだ最大の理由は、臨床の現場での積み重ねだった。一人の患者をきっかけに決意したというドラマチックな転機があったわけではない。がん患者を一人ひとり治すことはできる。しかし、同じように手術をしても再発する患者がいる。最初から手術では対応しきれない患者もいる。がんを一人の患者ではなく病気として捉えたとき、今の治療だけでは治せる病気にはできないと感じるようになった。

大学での研究の中で、これなら新しい抗がん剤になるのではないかという成果が出た。慶應義塾大学の教授らとともに、その研究成果を社会に届けるために会社を立ち上げた。2022年のことだ。

フェロトーシス──がん細胞の防御を、内側から崩す

フェロトーシスとは何か。大槻氏に一言で聞くと、「酸化ストレスによる細胞死」と返ってきた。酸化ストレスは、肌のシミや老化にも関わるもので、本来は人体にとって有害な現象だ。その有害な現象を、がん細胞に対して意図的に引き起こすことを狙ったアプローチがFerroptoCureの研究の軸にある。

2012年に命名された比較的新しい概念で、従来のアポトーシス(プログラム細胞死)やネクローシス(壊死)とは異なる、第三の細胞死経路として注目されている。鉄依存性の脂質過酸化によって引き起こされる点が特徴だ。

がん細胞は、体内の酸化ストレスから自らを守る抗酸化防御システムを備えていると考えられている。FerroptoCureが目指すのは、この防御システムを標的にした薬剤設計により、がん細胞を酸化ストレスに対して脆弱な状態に追い込むというアプローチだ。

従来の多くの抗がん剤は、がん細胞のDNAを損傷させたり、細胞分裂を阻害したりすることで効果を発揮する。しかし、このアプローチでは正常な細胞にもダメージが及びやすく、脱毛・吐き気・免疫力低下といった副作用の大きな原因となってきた。フェロトーシス誘導型の薬剤は、がん細胞の酸化ストレスに対する弱点を利用することで、新たな治療の選択肢を生み出すことを目指すものだ。この着想に基づく薬剤開発として、世界的にも先駆的な取り組みとなっている。

さらに大槻氏がこだわるのが、経口剤――口から飲める薬にすることだ。点滴のために毎日通院したり、長期入院したりする負担がなくなれば、治療と日常生活を両立できる。「使い続けられるかどうかも大きなポイント。体に負担が少なく、使いやすい薬にしたい」。治療そのものの有効性に加え、患者が治療を継続できる環境をつくることが重要だという考えだ。

臨床試験の現在──安全性と有効性の検証へ

FerroptoCureは、日本国内で第I相臨床試験(治験)を実施してきた。実際の患者に薬を投与し、安全性と有効性の検証を進めてきた。

臨床試験に至るまでの道のりは簡単ではない。動物実験で一定の結果を確認し、規制当局との協議を重ね、厳格な審査をクリアして初めて患者への投与が認められる。いくら研究成果に手応えがあっても、患者に投与する以上、安全性の担保が最優先だ。規制当局とのやり取りは、開発プロセスの中でも特に大変な部分だと大槻氏は語る。

治験に参加するのは、標準治療の選択肢が限られた患者が中心だ。主治医を通じていくつかの治験の選択肢が提示され、患者自身が参加を決める。大槻氏自身も臨床の現場との接点を持ち続けており、医師を通じて得られるフィードバックを開発に反映している。

大学発スタートアップの壁──研究だけでは届かない

FerroptoCureは大学で研究や臨床に携わってきたメンバーで創業した。研究成果には自信がある。しかし、それを本当に患者に届けるまでには、研究以外のパーツが数多く必要になる。

規制当局との折衝、臨床試験の設計と実行、製造プロセスの確立、事業計画の策定。投資家からは、研究がちゃんとしているのはわかった、でもそれを患者に届けるまでの部分がやりきれるのかという指摘を繰り返し受けた。ビジネスの経験がないメンバーだけでは実用化までは行けない――それは大学発スタートアップに共通する宿命だと大槻氏は言う。

足りない部分をどう補うか。答えはシンプルで、経験のある人材を集めること。新卒ではなく、規制対応や製薬開発の実務経験を持つ即戦力が必要だ。この領域は専門性が極めて高く、過去にこうやったらうまくいった、こうやったらうまくいかなかったという経験そのものが価値になる。教えてわかる部分もあるが、そうでない部分がかなり大きい。

薬として国の承認を得る前でも、製薬企業へのライセンスアウトによって収入を得られる可能性があるビジネスモデルだ。しかし開発には最低でも10年、長ければ15年かかる。開発にあたっては、投資家からの資金調達や助成金などを活用している。資金調達は常に大きな課題の一つだ。

日本から世界へ──なぜオーストラリアに子会社を設けたか

FerroptoCureのビジネスモデルは、薬剤をある程度開発した段階で製薬企業にライセンスアウトするというものだ。自社で世界規模の製造・販売まで担うには大きな事業体制が必要であり、スタートアップの規模では現実的ではない。最終的な顧客は製薬メーカーになる。

そこで重要になるのが、臨床データの多様性だ。日本国内だけの臨床試験では、得られるデータが日本人に偏りやすい。海外でも安全性や薬物動態を確認し、データを蓄積していくことが、グローバル市場での価値を高めるうえで重要になる。

この課題に対応するため、FerroptoCureはオーストラリア・シドニーに子会社を設立した。オーストラリアは多民族国家であり、臨床試験の実施環境や研究開発支援制度も整っている。日本での臨床試験の実績を土台に、海外でもデータの幅を広げていくことで、製薬メーカーにとっての薬剤の価値を高めていく計画だ。

がんとの向き合い方を変えたい

大槻氏が思い描く未来は明快だ。

「がんになっても、ちゃんと治療すれば治せる。究極的には、そのくらいの病気にしていきたい」。風邪をひいてもそこまでショックは受けない。肺炎になっても今は治せる。がんという病気に対する社会の受け止め方そのものを変えていくことが、FerroptoCureの目指す方向だ。

がんと宣告されたときのショックは大きい。手術、入院、長期の通院。治療による生活への負担。治療後も再発するかもしれないという不安が消えない。負担の少ない治療の選択肢が広がれば、患者の日常も、がんという病気への向き合い方も変わっていく。

一緒にやってくれる経験値のある仲間を集めること。それが大槻氏から同じ道を目指す若者への一番のメッセージだ。経験値だけでなく、同じ目標を持って一緒に進んでくれる人。批評家ではなく、当事者として動いてくれる人。研究の専門性は高くニッチだが、その先にある世界は、すべての人に関わるものだ。がんとの向き合い方を変える。その挑戦は、臨床の現場から世界へと広がり始めている。

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